今回は関東研修センターの日本語の先生に、以前勤めていたフィリピンの送出し機関併設の日本語学校についてお話を伺いました。 「海外で日本語を教えてみませんか?」 突然、私がこう声を掛けられたのは2018年の1月のことでした。
当時、私は都内の日本語学校で留学生に日本語を教えていました。しかし、週に3日の非常勤講師だった事もあり、少し物足りなさを感じ始めていた頃でした。『何か新しい事を始めたいな』とぼんやり考えていた時、そう声をかけられました。実は以前から海外で教えてみたいという気持ちを持っていたので、始めからかなり前向きでした。
しかし・・・家族の事もあるし、海外生活に自分が馴染めるか、など不安がよぎったのも事実です。
「技能実習生に日本語を教える仕事です。」 その後、ずっと付き合う事になる日本語学習者『技能実習生』
当時の私は『技能実習生って、よく工事現場などで見かける外国人のこと?』というような印象しか持っていませんでした。留学生に日本語を教えていたので、留学生についての知識はありましたが、技能実習生についてはまったく知りませんでした。
都内の日本語学校を退職し、初めてフィリピンのマニラ国際空港に降り立ったのは2018年の3月でした。初日は送出し機関のオフィスと学校を案内されました。
日本と技能実習制度の協定を結んでいる各国にある機関です。日本で働きたい人、日本の技術や知識などを習得したい人を募集し、日本へ行く手伝いをします。日本の企業が『団体監理型』で技能実習生の受け入れを行う場合、必ず送出し機関を経由します。
送出し機関のオフィスの受付には掲示板があり、小さいポスターのようなものがたくさん貼ってありました。
海外の仕事との出会い
送出し機関
送出し機関とは?
大学時代の就職掲示板を思い出しました。このオフィスで日本の技能実習生も募集していました。しかし、日本へ行くことを選んだ人に課せられる何よりも困難な課題は、日本語習得です。なので、多くの送出し機関は日本語学校が併設しています。つまり、そこが私の新しい勤務先です。
日本語教育以外にも送出し機関の仕事は多数あります。求人受付から始まり、希望者との面談、企業との面接対応、厚生労働省への関係書類の提出、旅券・VISA(査証)の申請まで本当に様々な業務があります。
学校は一般職種クラスと介護クラスに分かれていました。今回は介護クラスについて、皆さんにご紹介しようと思います。一般職種と違い介護の技能実習生になるためには<日本語能力試験N4>に合格しなければなりません。N4の「N」は「NIHONGO(日本語)」 の「N」です。(『日本語能力試験について N4って何?についてはまた別のコラムで書く予定です)
『まずはN4の合格を目指す!』これが、介護技能実習生のスタートラインです。
ステップ① 送出し機関に登録
送出し機関に貼ってある掲示板を見て、国・職種を選び(JAPAN 介護職)、登録用紙に記入します。その後、書類審査をパスした人は送出し機関の担当者に、
「日本語を勉強して日本語能力試験N4を取得してください。」と言われます。
既にN4以上に合格している人は別として、『自力で頑張る』または、『日本語学校に入学する』という二択の選択を迫られます。今まで一度も日本語を勉強したことの無い生徒達は「日本語ってアルファベットじゃないんですね!?」、「文字が46個もある!?」、「変な文字」などと言います。
ステップ② 日本語の試験
『先生、N4になかなか合格できません・・・』
ひらがな、カタカナから始めてN4に合格するまでの期間は個人差があります。早い生徒で半年、遅い生徒だと2年くらいです。つまり、平均で半年~1年間は日本語学校で勉強しなければなりません。この時点ではまだ技能実習生ではありません。
学校は全寮制で、他の生徒と一緒に生活しながら日本での生活の予行練習を行います。『できるだけ日本語を使う』、『英語や母国語は話さない』、『夜は布団で寝る』など、生徒達は日本の環境を意識した学習空間で勉強をします。
また、その日本語学校では、生徒達が日本語の試験を受けるチャンスを増やすために「日本語能力試験 JLPT」だけでなく「J.TEST実用日本語検定」も積極的に受けさせていました。なので、試験に合格するチャンスは年に8回ありました。
生徒達は試験に合格するまで、ずっと学校で授業を受け続ける事になります。つまり、合格できないと学校側の経費だけでなく、個人の負担も増えてしまいます。その結果、試験になかなか合格できず、途中で諦めて田舎に帰ってしまう生徒も多数見てきました。田舎から大きい都市に出てきた生徒の場合、生活費もかなりの負担になりますからね。
ステップ③ 会社の採用面接
採用面接に合格するのもなかなか厳しい。。。
日本語の試験に合格してもまだ先は長い。次は面接合格を目指します。合格させるために徹底的に会話練習を行います。日々、面接の質問と回答を繰り返し繰り返し練習します。
私がこの送出し機関で働き始めた当時はまだコロナ禍前だったので、実際に現地まで視察に来て、直接面接を行い、技能実習生を選ぶ組合や企業もたくさんありました。介護職の場合、女性を採用する組合や企業が圧倒的に多い事にとても驚きました。確かに女性の方が寿命が長いので、利用者さんは女性の方が多いのは容易に予想できますが、重労働というイメージも強かったからです。
視察に来た組合や企業の方に、私達日本語教師は「当校ではこういう日本語教育を行っております。こんな事に力を入れています。」など教育方針や指導方法を説明します。
しかし、どんなに面接の練習をしても、必ず面接に合格できるというわけではありません。企業によって採用基準や条件があります。「20代の明るく活発な女性をお願いします!」なんて言われてしまうと、男性、そして30代以上の生徒達はそもそも面接すら受けることができません。
関東研修センターで働いている私達が日々教えている生徒達は、日本語の試験と企業の採用面接に合格し無事に入国できた生徒達です。しかし、現地にはなかなか日本語の試験に受からない生徒、例え試験に合格しても採用面接でいつも落ちてしまう生徒達もいるのです。私達が見えない場所には競争に勝つ人、そして負ける人がいるという事を少しでも多くの人達に知ってもらいたいと思い、このコラムを書いています。
さて、採用面接に合格し晴れて技能実習生になった生徒達は、ようやく入国前講習が始まります。
つまり、送出し機関併設の日本語学校の重要な役割は以下の3つです。
- 『ひらがな』から日本語を教えて、N4に合格させる
- 面接に合格させる
- 入国前講習を行う
ステップ④ 入国前講習
やっと辿り着いた介護の入国前講習。
入国前講習を一言で言うと『来日前に自国で一定期間日本を学ぶ』という事です。日本入国時N4程度の場合は120時間以上、N3程度の場合は40時間の講習が目安です。
私がフィリピンに滞在中、世界的なパンデミックが始まりました。そして日本政府の水際対策により暫くの間、日本に入国することができなくなり、入国前講習を延々と続けた事もありました。
私は主に『会話練習』と『介護の日本語』を教えていました。N4合格者はもう既に『読み書き』はある程度できるので、『聞く』、『話す』を中心に講習しました。介護用語の『単語帳』を作って覚えさせたり、介護の『声かけ』や『会話』の練習をしたりしました。
また、N4取得者対象のN3対策講義も行っていました。来日時、技能実習生がN3の資格を持っていたら本人にとっても採用側にとっても大変有利ですからね。
朝は全員校庭に出て、日本のラジオ体操の曲で体操をします。階段や廊下に日本語のスローガンを貼ったり、日本語の歌を歌ったり、ゲームをしたり、生徒達が飽きることなく楽しみながら日本語が学べるように様々な工夫をしていました。日本のルールはもちろん、授業後の整理・整頓・清掃の指導も厳しく行っていました。
東南アジアの人は介護士に向いている?
東南アジア諸国の家族は3世代の大家族で一緒に住む家庭が多く、幼い頃からお年寄りと同居し、『高齢の家族の世話をする』ということが生活の一部になっている人が多いです。幼い頃から当たり前のようにやってきたお年寄りの世話、その仕事で憧れの日本に行けて、更にお金までもらえるなんてこんなに良い仕事はない、と考える人も多いそうです。
技能実習生は勤務先を選べない?
現地送出し機関にいる技能実習生候補の生徒達は、とにかく面接に合格したいという気持ちが一番大きいです。最初のうちは「東京の近くで働いて、休日はディズニーランドに行きたい!」とか、「富士山が有名だから、静岡か山梨の施設がいい」など、皆楽しげに理想を口にします。しかし私が知る限り、こうした個人の希望は全く叶っていませんでした。面接に受かった施設先が千葉だったら、その生徒は千葉県民になるのです。
ある二人組の仲良しコンビがいました。二人は「日本に行っても、一緒に働きたいです。」と言っていました。しかし、結局は北海道と鹿児島と別々の勤務地に決まってしまいました。
でも合格できたのですから、まだいい方です。3回も面接に落ちると、
「日本ならどこでもいいです!!」
「日本へ行くの、あきらめます・・・」
などと言うようになります。
現地の日本語教師は元技能実習生?
私の努めていた日本語学校では、現地の日本語教師と日本人の日本語教師がペアを組み、入国前講習やN4講義を行っていました。
例えば、ひらがなから始める場合、初めの1ヶ月はフィリピン人教師が母国語で教えます。(間接法)
その後、日本人教師にバトンタッチし日本語で日本語を教えます。(直接法)
実は、一緒に組んだ現地人の日本語教師は例外なく皆、元技能実習生でした。日本での技能実習を終了し、帰国後、母国のフィリピンで日本語教師の資格を取った人達ばかりでした。これはほとんどの東南アジア諸国で見られる傾向だと思います。
元技能実習生日本語教師A「日本は本当に楽しかった!また行きたいです。」
元技能実習生日本語教師B「技能実習制度のおかげで私の人生は良くなりました。」
技能実習生の帰国後の夢は?
専門技術の取得も大きいですが、技能実習生にとって日本語の習得というのも大きなメリットになります。私は今、関東研修センターで毎日のように退寮間近の技能実習生に面接形式のテストを行っています。そこで技能実習生に「3年後何をしたいですか?」と聞きます。すると、一部の技能実習生は「国で日本語教師になりたいです。」と答えます。元技能実習生の日本語教師にはたくさんのメリットがあります。日本での生活から、日本語学習過程での苦労まで、自分の経験を先輩として技能実習生に伝える事が出来ます。例えばミャンマー人の日本語教師なら、ミャンマー人にとっての日本語学習の苦手な部分や難しい部分を良く理解しています。同じ国の人同士だからこそ苦手な部分を共有でき、その上で的確なアドバイスをすることができます。私がフィリピンで出会った先生方もそうでした。 こうした事はネイティブの日本語教師にはできない事です。
また、国にもよりますが、現地の日系企業に就職できるなど、多くの技能実習生にとって明るい未来が待っています。 残念ながら、報道で取り上げられる技能実習生のニュースは失踪などネガティブなものが多いですが、実際はそうした技能実習生はほんの一部分であり、決して全体ではありません。技術習得と日本語習得。日本で真面目に技能実習をすれば、きっと明るい未来を切り開けます。
まとめ
送出し機関は技能実習生の入り口として、日本語レベルゼロから介護士の卵育成まで手塩に掛けて育てるという、とても時間のかかる仕事です。私が勤めていた送出し機関併設の日本語学校では、学校スタッフと管理スタッフに分かれていました。管理スタッフは、一人の技能実習生が日本に行けるまでの間に山のような書類を作成し申請していました。本当に見ているだけで大変だということが伝わってきました。
送出し機関が技能実習生の入り口なら、研修センターは出口と呼ぶべきでしょうか。技能実習生はその入り口から出口まで努力してやっと企業に配属され、技能実習が始められるようになるのです。